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東京地方裁判所 昭和29年(行)121号 判決

原告 古橋兼光

被告 東京法務局長

訴訟代理人 望月伝次郎 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「一、被告が原告に対し昭和二十九年十二月九日なした異議申立棄却決定は、これを取り消す。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陣述した。

原告は訴外竹内作治に対する債務の弁済として金一五〇万円を昭和二十九年七月三十日東京法務局に供託したところ、同人はみぎの供託を受諾せず、原告に対し別個に金一、三九三、八八〇円の貸金債権があると主張し、同年八月十三日原告に送達された東京地方裁判所の債権差押命令及び同月十八日原告に送達された同裁判所の債権転付命令により、原告の前記供託金取戻請求権中みぎの金額の部分につき差押並びに転付を得た。次いで東京法務局登記官吏は、みぎ竹内の請求により、供託物取扱規則第一〇条の規定による公告をなしたので、原告は同年九月六日みぎ登記官吏に対して異議の申立をなしたところ、同年十月十五日みぎ申立が却下されたので、原告は更に同日被告に対し異議の申立をなしたが、被告は同年十二月九日これを棄却する決定をなした。

しかし、本件一五〇万円の弁済供託は適法になされたものであるから、原告が供託金の取戻を請求して供託の撤回の意思表示をしない限り、本件供託の効果として原告の前記一五〇万円の債務は消滅したのである。そして、一たん債権消滅の効果が生じた以上、供託者たる原告以外の者の行為によつてみぎの効果を失わせることは許されない。なぜなら、原告が供託物取戻請求権を行使するか否かは原告の自由であり、その行使は原告の固有の権利に属し、原告以外の者が原告に代位し又は代行してみぎの権利を行使することは、法の許さぬところだからである。ところで、供託物取戻請求権は、転付命令により転付された後においても、依然として供託者の権利であるから、供託が無効である場合のほかは、供託者が取戻請求権を行使しない以上、転付を受けた債権者といえども取戻を請求することはできないのである。そして、供託官吏は供託手続の形式的適法性を審査し得るのみであつて、供託が実体的に有効か無効かを審査する権限を有しないのであるから、供託物取戻請求権の転付を受けた債権者の取戻請求のみによつて供託物を払い渡すことは許されない。

しかるに被告は原告の本件供託金の取戻請求権が差押転付命令により当然に訴外竹内作治に移転したものと誤解し、本件供託の無効を宣言した判決も原告の本件供託金の取戻請求の意思表示もないのに、慢然みぎ訴外人の取戻請求を許容し、原告の異議申立を棄却したのは違法である。

よつて、本件異議申立棄却決定の取消を求める。

被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

原告主張事実は全部認める。

弁済供託は、第三者(債権者)のために供託者と供託所との間になされる寄託契約であり、債務者が債権者に対して適法に弁済の提供をしたのに債権者がその受理を拒んだ場合に、債務者をして、当該弁済の目的物を保管する煩を免かれ、かつ、債務を免かれさせる手段として設けられた制度である。したがつて、供託がなされた場合、これによつて債務は消滅するものとされるが、供託が弁済者の保護を目的とする制度であることから、債権者又は第三者に不利益を蒙らしめない以上、供託者は供託を取り消して供託物の取戻をなし得るものとされている。そして、供託物が金銭によつてなされる場合の取戻権は、金銭債権の差押及び転付に関する民事訴訟法の規定によつて処理することができるのである。

ところで本件においては、本件供託が原告の主張するように当初適法になされたとしても、被供託者がこれを受諾せず、その後供託物の一部が他の別個の債権により債権差押並びに転付を受け、転付債権者より同部分の供託金取戻請求により、東京法務局供託官吏が昭和二十九年十二月十三日その下戻を完了したものであるから、みぎ供託金が依然供託官吏の保管にあることを前提とする原告の請求は失当である。

理由

原告が債権者竹内作治に対する弁済のためその主張の日に金一五〇万円を東京法務局に供託したこと、みぎ竹内はみぎの供託を受諾せず、かえつて原告に対する金一、三九三、八八〇円の別個の貸金債権があるとして、前記供託金中みぎの金額全部に対して原告の有する供託金取戻請求権につき、東京法務局を第三債務者として、東京地方裁判所の差押命令を得たこと、その後東京法務局登記官吏は、みぎ竹内の請求により、供託物取扱規則第一〇条の規定による公告をなし、みぎ公告に対する原告の異議申立を却下したこと、及び原告が被告に対し更に異議の申立をなしたところ、被告は昭和二十九年十二月九日これを棄却する決定をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、弁済のための供託における供託者の供託金取戻請求権は、転付命令により当然に転付債権者に移転するものではなく、供託官吏は、当該供託の無効を宣言した判決又は供託者の当該供託金取戻請求がない限り、転付債権者のみの請求によつて当該供託金の下戻手続をすることができない旨主張する。しかし、弁済供託をした者は、供託により質権又は低当権が消滅した場合のほか、債権者が供託を受諾せず、又は供託を有効と宣告した判決が確定しない間は供託物を取戻すことができ、この場合には最初から供託をしなかつたものとみなされることは、民法第四九六条が規定するところである。みぎの規定の解釈上、供託物の取戻により、供託によつて一たん消滅した債務が復活すると解するか、供託によつて債務は当然には消滅せず、取戻権が当初からないとき、又は後に至つて消滅した場合にのみ、債務は供託の時に消滅したものとして扱われるものと解すべきか、説の分れるところである。

いずれの説によつても、弁済のための供託金につき供託者が取戻請求をする以前において当該取戻請求権につき転付命令を発し得るか否かについては、解釈上問題があり得るであろう。しかし、すでに転付命令が発せられ、それが債務者(供託者)及び第三債務者(供託所)に送達された以上は、これにより執行は終了し、取戻請求権は転付により供託者から転付債権者に移転するから、転付債権者は供託者の地位に基いて自ら取戻請求の意思表示をなし得るものというべく、また、供託物取扱規則(昭和三十年法務省令第一一一号による改正前のもの)の解釈上、供託官吏は同規則第一〇条所定の手続により供託物の下戻をするにあたり、下戻の前提となる法律関係の実質的効力を判定する権限を有しないとみるべきであるから、供託物下戻手続が転付命令に基く供託金取戻請求による場合において、供託官吏は当該転付命令が無効であると認定することはできない。したがつて、かかる転付命令の効力を否定する判決が存在せず、かつ取戻請求が適式である限り、供託官吏は転付命令が有効なものとして請求に応ずる義務を負うものといわなければならない。

みぎのとおりであるから、本件において東京法務局登記官吏が転付債権者竹内作治のみの取戻請求によつて供託物取扱規則第一〇条所定の供託金下戻手続をしたことは適法であり、同登記官吏が原告の異議申立を却下し、被告がみぎ却下決定に対する原告の供託法第一条ノ三の規定による異議申立を棄却したのはいずれも相当であつて原告の本訴請求は理由がない。よつてこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者である原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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